前回の記事で、いま、中国やアメリカで普及してきている「信用スコア」の概要について説明しました。今回は、信用スコアについての考察を幾つかの観点に基づいて行っていきます。
・民族性・多様性・広さの違い
それでは、個人の信用度合いを大量のデータを使用して数値化すること、その必要性はどこにあるかを考えてみます。
日本は、単一民族国家とされています。大和民族が人口の大半を占め、一民族、一国家、一言語と言われてきました。日本のどこに居ても、日本語が通じ、ほぼ同じ教育がされ、テレビ放送などもほぼ同じであり、大多数の考え方や価値観の基本的な部分は似ていると考えられています。貧富の差ももちろんありますが、一定範囲内に抑えられていると思います。日常で生活する範囲において、互いに一定レベルの信用と理解を持ちやすい国といえましょう。明治以降、日本の国内において、大きな紛争や抗争などが殆んど行われておらず、多くの人が自分たちは日本人であると同族意識を持っていると考えられます。
ところが、海外に目を向けるとそのような国ばかりではありません。中国は、主要民族である漢民族と55の少数民族から構成されています。土地も広大であり、国の端から端まで日本のように同条件で行政を行うことは難しくなります。言語も、北京語や広東語を含めて多数あります。また、省、自治区、行政区などの行き来が制限される場合もありますし、引っ越しをしても出身によって扱いが変わる場合もあるようです。
アメリカに目を向けると、成り立ちが多数の国からの大規模の移住になっています。元々から多様な民族で構成されており、それぞれの特徴があるということが前提になっていますので、個人の考え方が異なり、それを尊重するという国になっています。ですから、価値観や考え方も異なります。また、人種問題や警察官による発砲が多く報道されていることを見ると、警察案であってさえ身の危険を感じることが多い社会であることが言えます。
これらのことを考えると、単一民族国家であって日常生活で身の危険を感じることが少ない日本で生活していては感じることが少ない個人の信用度合いの必要性が、海外の国ではニーズが高いことが伺い知れます。また、長らく技術や経済で世界をリードして今もその地位を保ち続けるアメリカと、そこに急速に迫り国自体に活力がある中国が、インターネット、ビッグデータ、AIなどを活用して信用スコアを構築して社会的に活用しようとするのは納得できます。
また、この信用スコアが、銀行など企業における活用のみならず、交際や結婚にまで活用されているという事実も、ある意味納得できます。個人間でも活用できる情報になると、急速に普及していきますが、それが中国などの実態なのかもしれません。
次回に続きます。