ハードボイルド作家:大藪春彦の小説であるが、殺人、強盗などは全く無い。殆んどが、合法な中で物語が展開されていく。しかしながら、大藪春彦作品で共通である、主人公が、頭脳明晰、堅牢な肉体、強い精神力を持ち、綿密に計画を実行して目的を一つずつ達成していくというスタイルは変わらない。このことにより、主人公を自分に置き換えて、身近な物語として楽しむことができる異色のハードボイルドになっており、ハードボイルドが苦手な方、あるいは、これからハードボイルドを楽しもうという方には適した作品になっています。
主人公:北野昌夫は、幼いころに両親を亡くし、叔父が経営するオートバイ屋に引き取られます。そこからオートバイに熱中することになり、第一回浅間高原レースを皮切りにレースの世界に入っていきます。大学に入ってからもレース活動をするとともに、自身の美貌を武器に政財界の令嬢たちの相手をして莫大な財産を築いていきます。その後、世界グランプリに参戦するとともに、世界中の社交界の女性の相手も行いプレイボーイとしても名を馳せます。また、二輪だけではなく、四輪のレースにも参戦します。そして、ル・マン24時間のレースの最中、濃霧の中の事故に巻き込まれてあっけなく最期を遂げます。
大藪春彦は、北野昌夫にはモデルは居ないと言っていましたが、そのストーリーが実在するレーサーに所々似ています。また、主人公以外の登場人物に実在のレーサーも登場するとともに、WGP含めてレースが実在するものであること、二輪メーカーや四輪メーカが実在することなどから、リアリティを感じて読むことが出来ます。特に、レースの変遷、二輪メーカーの変遷が実在の歴史をフォローしているのでフィクションのような感覚があります。現在のように、インターネットが普及し、殆んどの人がカメラが付いたスマートフォンを持って動画を世界中に発信できた時代とは異なり、北野昌夫が登場した時代というのは、レースの世界や社交界の世界などは何が起こっているかがほとんど分かりませんでした。WGPの結果さえも、月間オートバイ雑誌で知る程度だったのです。だからこそ、ハードボイルドの手法である、起こったことを客観的に簡潔に描写していくという書き方が、映像が無かった時代に頭に映像を浮かばせることが可能であるが故に、ニュース映像を見るかのように熱中して読むことが出来るのです。
小説は4部からなり、結構ボリュームがあります。また、似たような記述が多くて読むのも大変ですが、戦後のレース界の黎明期から最盛期を迎える時代をよく理解することができます。よろしければ、挑戦してみてください。
なお、本小説は映画化されており、DVD化もされています。汚れた英雄の世界をすべて映像化することは不可能なため、日本国内のレース数本の物語に凝縮された完全に別ストーリーになっていますが、世界観は近いです。まずは、映画を見て世界観を体験したのちに、小説で本格的に楽しむのも良い方法です。